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2013.06
じぃじ先生 ちょっと教えて
 

木曽のヒノキ、どうやって守っているの?

 

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じぃじ先生の大好きな木曽赤沢の奥千本。

樹齢350年の木々が並んで、うーん、森厳。

 

 

 

 


下の方にびっしり生えているのは、全部アスナロ。こうなっちゃったら、ヒノキには暗すぎるんだよね。

 

 

 

 


アスナロを伐って、すっきり明るく! 

実験林の準備なんだって。

 

 

 

 

 

・・・で、実験林は、今はこんな感じ。

きれいな林になるといいなぁ。

 

 

 

 


 

下層のアスナロを伐って、上層を残しておいたら、こんな感じに地面はすっきり。

でも、新しくヒノキは生えてこない。

 

 

 

 


上層のアスナロを伐り残した場所の地表。

アスナロばっかり!


 
木曽谷は新緑真っ盛りかなぁ。次のご遷宮(→2013.5ちょっと教えて)めざして、すくすく密かな競争かも。

 

あははは、そうかもしれないね。
木曽のヒノキがお伊勢さんはじめ建築材として最高級品であるのは言うまでもない。でも、木材の供給源としてのためだけではなくて、林そのものを環境として守ることも必要だ。
あの赤沢の林を、自然休養林、保安林等に指定していることも、優れたヒノキ林を守るための措置だよ。

 

自然休養林って、木じゃなくて人間が休養するための指定林だったよね。

 

そう。林野庁(国)が休養林に指定している森林は、現在、全国で91ヵ所、10万5千haにおよぶ。人々が楽しめるレクリエーション機能を主な目的とした様々な森林だ。
赤沢はその第一号で、昭和44年に指定を受け、「森林浴」発祥の地とも言われているよ。

 

赤沢から始まったのかぁ。保安林というのはどういうものなのかな。

 

水源維持や土砂流出防止、風雪害防止などを目的に、開発が制限されている森林のことだ。明治30年制定の森林法に基づいて、国が指定する。
現在、約1,200万haあって、全国の森林面積の48%を占めている。もちろん赤沢は古くから指定の対象になっているんだ。

 

・・・で、実際のところ、木曽のヒノキ林はちゃんと保全されているの?

 

それがなぁ・・・厳しい状況なんだよ、実は。
現在の天然生林は、江戸時代の尾張藩の大伐採(幹直径>8寸=24cmを伐採収穫)のあとに育った林なんだけど、明治になって御料林となった(→2013.4ちょっと教えて)際に、弱度択伐、つまり弱い抜き伐りで管理されたんだ。
そのために林内が暗く、ヒノキ林の下層に、ヒノキより陰性を好むアスナロが繁茂してしまった。

 

大事にされすぎたのかなぁ。

 

そう言えるかもしれないね。そして、時とともにヒノキ林はアスナロ林化していってしまうんだよ。

 

自然にそうなっていくんだよね? 人間が意図したことではなくて。 

 

もちろんだ。これは遷移という、ごく自然な現象だ。だが、木曽谷ではヒノキの維持が重要だろう? だから1985年から、ヒノキ林維持処置の実験が行われているんだ。

 

その実験林って、前に赤沢に行ったときに歩いたところかな。

 

いやいや、一般ルートからは外れた奥の方だよ。
実験林の広さは10haほど。実験開始時、アスナロがはびこっていたんだが、約3haずつ3年がかりで設定した。

 

自然の遷移に逆らっても、ヒノキを守らなくちゃいけないんだ。

 

そうだね。まずは、地表をヒノキ更新用に整えることから始まった。

 

整えるって、具体的にはどんなことをするの?

 

まずヒノキ林下層にはびこるアスナロを取り除く。草や雑木が茂っていれば、それもできるだけ。
つまりヒノキのタネが地面に定着しやすくするんだ。場合によっては、落ち葉の溜まりも取り除く。

 

あ、苗木を植えるわけじゃないんだ。ヒノキ自身の力で、タネから育って殖えてもらわなくちゃいけないってことか。

 

植栽ではなく、あくまでタネ更新だからね。次に、上層木のアスナロは伐倒する。

 

アスナロのタネが落ちたら困るもんね。

 

そう、そして地表に光を確保するため、上層木のヒノキも2〜3割抜き伐りする。
それから地表侵入広葉樹については、ヒノキ稚樹保護のため適度に残しつつ、除く処置をするんだ。

 

どうして広葉樹を残すことが稚樹保護になるの? 落ち葉が必要とか?

 

広葉樹は、びっしり生えない限りヒノキにとってそんなに陰にならないし、場合によっては、軽い日陰がヒノキの乾燥を防ぐなど有益なこともあるんだよ。

 

なるほど、加減なんだね。
でも大きく育ったヒノキも伐っちゃうことには、「もったいない」って反対がありそうだなぁ。

 

それ、そこなんだよ、問題は。

 

問題・・・?

 

うん、その「もったいない」だ。
1985年の実験林設定前、地表を明るくするためとはいえ、「上層のヒノキを伐る」試験計画に、地元上松町の町議会から反対の声が上がったんだ。

 

ああ、その気持ち、わかるなぁ。

 

まぁ、そうだね。上松町としては、人気上昇・売り出し中の赤沢で大きなヒノキを伐るということはイメージダウンにつながる、という心配があった。

「自然大事」イコール「伐採反対」の世間の認識だ。

 

間伐を「もったいない」「自然破壊」と騒ぎ立てるのと同じかなぁ。で、どうなったの?

 

「試験に限り、休養林外で」の条件で妥協して、実験はスタートしたんだ。じぃじ先生も町議会へ説明に行ったんだよ。

 

うわぁ、大変だぁ。1985年からってことは、もう30年そこそこ経つよね。成果はどうなんだろう。

 

後継樹の育成はまずまずだ。
その一方、下層のアスナロを除いただけで上層木を伐採しなかったところでは、ヒノキの稚樹は見られない。
さらに、アスナロの上層木を残したところでは、地表はアスナロばかりになった。そこにはアスナロの上層木が3本集まっていたんだけど、3本とも伐採すると、あまり大きな穴が開くからといって1本伐り残したところ。結果的に、そのまわりはアスナロばかりになってしまった。

 

ということは、ヒノキ林を維持するには明るさが必要。そういう結果が明らかになったってことだよね。

 

そうだね。これを受けて、2006年、この方式を事業的に拡大しようという計画が持ち上がった。
ところが、町議会はまたしても反対。理由は前と同じ。伐採はヒノキ林維持のためだというが、それは国有林当局による理由付けではないか、という懸念があるようだね。

 

う〜ん・・・一度結果が出ているのになぁ。

 

まぁ、ね。もっとも地元参加の現地検討会も行われているし、実行の方へと動いていると思う。

 

なんかジレンマだね。木が相手のことって、実験結果が出るまでに何十年とかかるよね。そういうのも関係するのかな。すぐに結果が出ないから先が見通しにくいっていうか。

 

かもしれないね。今、生きている人の代だけでは到底無理だ。研究者も林業技術者も、皆、行政担当者も代替わりしてしまう。

 

その後継者の育成は大丈夫なの?

 

おっと、これはなかなか手厳しい。うん、大きな課題だ。森林総合研究所や大学など、「組織」としての経過調査によって、継続・後継者を維持していかないといけない。

 

これから木曽ヒノキはどうなっていくのかなぁ。

 

心配? でもまぁ、伐採量は低下するだろうが、何とか世界最良の木材の伝統をまもり、続いていくはず。

 

続いていってもらわなきゃ! お伊勢さんはじめ、日本中の神社仏閣が困っちゃうよぅ。


 

 

 

 

 

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