熊本と大分の地震、大変なことになってるね。
うん。熊本には5年ほど住んでいたことがある。もう50年以上も前の話だが。
昭和30年代の後半だね。熊本市内にいたの?
勤務先の林業試験場(現森林総合研究所)九州支場は、黒髪町というところ。今では中央区になっているらしい。
住んでいたのはその構内、近所には熊本大学、そして熊本藩主細川家の菩提寺の泰勝寺があって、代々の殿様のお墓とともに、二代目忠興の妻・玉子(ガラシャ夫人)の霊廟や、宮本武蔵の供養塔もあった。
中央区! 中央区役所が何度もニュースに映っていたよ。
熊本市の東側からお隣の益城町から阿蘇、そして九重連山のむこう大分の由布院にかけて、かなり深刻な状況になっているようだね。大きな土砂崩れもあった。 テレビで報道されないところでも、きっと被害がたくさん出ていることだろう。
阿蘇山なんかは、きっと、お仕事で何度も出かけたんだよね。
そうだね。
阿蘇山は噴火口や馬のいる草千里など観光のイメージが強いけれど、スギの人工林も多く、林業地として有名なところもあちこちにあるんだよ。
これは、住んでいた頃に撮影したものだけれど、熊本市の北、菊池のスギ林の写真だ。
えー? なんだかイラストみたいだなぁ。木の大きさと形が全部同じに見えるよ。
そうだろう? こちらは林内の写真。
これもキレイに揃っているなぁ。
それは、九州のスギ人工林は挿し木での育成が一般的だから。
それが長年くり返され、選び抜かれた優良品種ができてきたんだ。
同じ品種の挿し木(同一DNA)を造林するから個体間に差が生じにくく、大きさが揃うというわけ。
ソメイヨシノみたいだね。
人工林では手入れ不足が何かと問題視されるが、その点、九州の林業地は、どこも熱心に管理していた。そもそも、過去のスギ林は比較的1本1本の間隔をあけて植えた上に、ちゃんと間伐をしていたしね。
九州は、スギが特に有名なの?
一概には言えないが、九州では、スギの話をすると必ず「品種は?」と聞かれたものだ。学会でもそうだったなぁ。
とりあえず、ポピュラーなものだけでも十数品種はある。同じスギでも、挿し木のブランドもあると聞いたことがある。
そんなに!
地域ごとに特徴ある材をつくり出していたということもある。例えば宮崎の飫肥(おび)地方では、オビアカという品種で挿し木造林し、弁甲材とよばれる船材を生産。いわゆる有名ブランドだったんだよ。
阿蘇のことをちょっと調べてみたんだけど、「世界農業遺産」なんだって。(→世界農業遺産“阿蘇”オフィシャルサイト)
その中の「阿蘇の主な農畜産品」に、林業についてこんなことが。
「林業も、阿蘇における主要な産業です。阿蘇の森林のほとんどは、植林されたスギやヒノキからなる人工林であり、『小国杉』は全国的なブランドとして知られているほか、全国唯一のヒノキの挿し木品種である『南郷檜』もあります。」
小国杉は阿蘇小国地域の林業地からのスギ材。江戸時代中期からの古い歴史があり、ヤブクグリやアヤスギと言う品種の挿し木林業だ。 30-40年という短伐期であったが、桃白色で粘りがある材が建築材として好評で販路は広かったそうだよ。
南郷檜は南阿蘇に分布するヒノキの変種で、挿し木に適した性質を持ち、その人工林も多い。
土壌が、スギやヒノキの育成に向いているってことなのかな。
いや、阿蘇なんかは決してスギに適した土地ではないのだが・・・。
九州には火山が多いから、火山灰土壌が広く分布するだろう?
あ、火山灰土なら、生育条件はよくないのか。
そう。火山灰土は、土壌粒子間のすき間が少なくて、通気性悪く、均質な壁状構造をしているのでね。
ただ、そんな事情が、かえって人工林化を進めることを後押ししたということはあるかもしれないね。
スギやヒノキが多いなら、阿蘇神社の楼門や熊本城の建材にも使われているんだろうなと思って調べてみたら、阿蘇神社は総ケヤキづくりなんだって。意外だったよ。
いや、それは、そんなにびっくりすることではないよ。社寺建築、その柱材などに、ケヤキは良材として尊重されてきた樹種だ。京都のお寺でもよく使われているよ(→2009.10ちょっと教えて)。
文化庁の発表によると、阿蘇神社って倒壊してしまったけれど、再建にこれまでの木材は使えるんだってね。
そう。古材を再利用できることは木材の大きな長所だよ。
実は、木造建築は地震には意外と強い。 これまで「弱い」「狂う」も欠点と言われてきたが、これらはいま見直されつつある。今回も最初の大きな地震には耐えたんだが、何しろ、今回は二度目の揺れが大きかったからなぁ。
とすると、木造建築で最大の欠点といえば、なんだと思う?
う〜ん・・・。燃えること、かな。
そのとおり。火には弱い。
しかしこのことは、リサイクル・リユースした後、最終的に、燃やして処理できるものであるということで、これは他の鉱物質材料にはまねの出来ない木材のすごい長所だ。
それに、ある程度の大きさ(断面)があると、木材の表面は炭化しても、内部にまで炭化が進行しないので、強度は低下しにくいと言うことが、最近判って来た。 今日、それをもっと考えるべきだと思うね。
木造建築でいえば、もうひとつ。忘れてならないのが熊本城だね。
天守閣自体は1960年にコンクリートで造られたものだけど、重要文化財の櫓などいくつもの建物が倒壊しているって。
目にした映像は、どれも痛々しいものだった。 文化財としての価値うんぬんももちろんだが、なんといっても熊本城は熊本のシンボル。地元の人たちのショックを考えると・・・。
うん、相当なものだろうね、きっと。
熊本城は阿蘇神社とは対照的に、いろんな材が使われているんだよ。木造文化財用補修用材確保のための調査というのがあって、それによると城郭で多く使われるヒノキが少なくて、マツが多いんだって。
お、さすが、なかなかよく調べているなぁ。
マツも建築には優良材だね。とくに梁の材などには強度の点では適している。 現在の奈良大仏殿の梁材(元禄の再々建)は、九州高千穂産のアカマツだよ。
このあいだ、熊本城にも文化庁の調査が入ったというニュースを見たよ。長い時間と、もちろんお金もかかると思うけれど、きっと修復してくれると信じたいね。
そうだなぁ。熊本は、京都で生まれ育ったじぃじ先生が初めて住んだ異文化の土地。梅雨の雨がシトシトではなくザーザー降ることや、今では一般的になったけれど、とんこつラーメンの濃厚さなど、初体験の“びっくり”がたくさんあった。 調査で入った山々や仕事の先輩たちとの時間など、地震の報道を見ながら当時のことがいろいろ頭に浮かんできたよ。
この思い出深い土地が早く元気になってくれるよう、祈るばかりだ。
私も自分にできることは何かを考えて、行動していきたい。自然がゆたかな土地は、きっと回復力も強いはずだよね。
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