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2009.09
森林雑学ゼミ
 

里山、それは「田」と「土」と「山」

 

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日本人が思い描く、里山の風景。










人工林に竹が攻め登る。

 

 

 

 

 

 里山、一般的なその意味は、農業と農村生活に様々な材料を提供してきた人里近くの森林。

 わが国の農業の代表は水田米作。水田は斜面を登るのが不得手です。
 もちろん棚田もありますが、それは技術的・労力的に負担が大きく、水田は沢沿いに遡るのがやっと、そのおかげで、山の斜面には森林が残りました。
 水田に何より必要な水の供給源は斜面に残された森林、その水には森林の土壌から溶け出した養分元素も含んでいました。
 そして、森林の生葉・落葉や下草は水田の有機肥料、森林から採ってきた柴や薪を竈(かまど)や囲炉裏(いろり)で燃やした後に残る木灰は、無機肥料として有効でした。
 昔話にある「お爺さんは山へ柴刈りに」は農村の日常の姿、また「枯れ木に花を咲かせましょう」と撒く灰は、木灰の肥料効果を象徴しています。

 「里山」の成立です。
 「里」の文字は「田」と「土」で出来ています。
 「田」は農地、「土」はその生産力、「山」は森林を象徴していますから、「里山とは農地の生産力を支えた森林」と解釈できます。
 そこには水田農業だから森林が残され、残された森林が農業を育ててくれる共生的関係がありました。
 勿論、人間の酷使が続くと、里山の土は痩せていき、森林をもちこたえられなくなって、草原やはげ山になっていったものも少なくは無かったものの、多くの山の斜面では、「森林」は二次林、雑木林となって何とか残りました。

 これに対してヨーロッパの農業の主流は小麦畑と牧畜で、水田に比べて、斜面を登るのは比較的容易ですが、この場合、斜面から森林が失われることを意味しています。
 人間の歴史の長いヨーロッパでは、山の斜面の森林の農地化も過度に進行しました。
 森林を失った斜面では水土保全能力も失われて、洪水や崩壊が頻発するに至りました。
 その反省からヨーロッパ諸国に生まれたのが自然保護の思想で、それは今から250年も前のことでした。

 昭和40年代、高度経済成長の猪突猛進から反省期に入ったわが国では、世論は一転して「環境保全、自然大事」となりました。
 その頃「西欧では既に200年も前に自然保護思想が生まれている」と、ようやく自然保護を言い出したわが国の後進性を蔑んで言う人もあったのです。
 しかしそれは、「里山」で象徴されるごとく、農業という産業と自然との共生的な関係、そしてヨーロッパよりもずっと降水量が多くて夏暑いという、森林の成立と回復に適したわが国の気候を考えない言い方だったと思うのです。
 


(c)只木良也 2009

 

 

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