これが京都御苑、その「桜松」。
緑のマツにサクラの花が・・・。倒伏前の姿。
小さな根は、しっかりと土を捉えている。
2009年、倒伏13年目。
同期の桜たち、楽しげにほころぶ。
1999年、倒伏3年目。
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俗に「御所」の名で親しまれている京都御苑。その中心に近く、学習院跡と称するところに、倒れたままのマツの幹から枝を伸ばしたサクラが、毎年春に花を咲かせています。
といってもピンとはこないでしょう。その傍に立つ案内板には、こうあります。
「マツに生えたサクラ:
この倒れた木は、クロマツの中にヤマザクラが生えていたもの、(中略)枯れたクロマツの空洞に自然にヤマザクラが地中まで根をはり、毎年花を咲かせていましたが、
1996(平成8)年4月17日に倒れました。今後も花を咲かせてくれることを願って・・・。 環境庁京都御苑管理事務所」。
1955(昭和30)年頃、すでに60年は越えた大きなクロマツの樹上の窪みに、鳥が運んできたヤマザクラのタネが芽を吹きました。サクラはそこで大きく生長、マツの幹の内部の腐れに沿ってその根を伸ばし、何年もかかって土にまで達したのでした。
この間、マツの樹上にサクラは枝を広げて花を咲かせ、誰言うともなく、御所の「桜松」「松木の桜」の名で親しまれてきました。
1993(平成5)年、マツ枯れ病でマツは枯死、しかしその後も、サクラは枯れたマツの樹上で、咲き続けていました。
ところが、1996年、その年の満開を過ぎて間もなく、桜松は倒れます。御苑管理事務所は、倒れた木の根に土を盛って経過を見ることにした・・・というのがいきさつです。
それから既に十余年、「桜松」は倒れたままで、サクラの花を咲かせ続けています。
はじめの数年は、徐々に花付きが悪くなるようでした。
しかしその後、枯れたマツの幹のあちこちからサクラの根が出てきて土を捉えるようになり回復、今となってはいたって元気、当分は毎年花が見られそうです。
クロマツとヤマザクラ、相性が良いのかもしれません。
御苑では、桜松に至る途中段階の実例がいくつか見られます。岐阜や和歌山でも同様のものがあるようですし、最近、大津市南郷での例を、吉良竜夫先生からうかがいました。
ただし、大きな木で、横臥したまま花が咲き続けているというのは聞いたことがありません。もっとも、公園などでは木が枯れたり、倒れたりしたら即座に片付けてしまうのが通例ではありますが。
京都御苑は、面白い実例を残してくれました。
桜松の前に立つのは、このサイトで「ちょっと教えて」と私を質問攻めにしている孫娘です。
彼女は桜松の倒れる5ヶ月前に誕生、つまり毎年花の頃には、木の倒れてからの年齢と同い年、“同期の桜”。そんなことから毎年、桜松の前で写真を撮ることにしています。
彼女が2歳の頃だったでしょうか、こうした木の状態を見て「このチャクラ、ネンネしたまま、咲いてるネ」と言いました。以来、わが家では「寝ンネのサクラ」が通称に。
「寝ンネのサクラ」、「“花”報は寝てマツ」・・・なんてネ。
(c)只木良也 2010
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