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2012.05
森林雑学ゼミ
 

「芽」は口ほどに物を云い

 

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カラマツの葉の展開開始(上)、展開完了(下)。
この間、平均25日。6段階にて観測。






カラマツ林
初夏(上/美ヶ原標高1100m。5月後半)、
秋(下/美ヶ原標高1300m。10月末)。

 

 

 

 

 

 以前、サクラの開花の話題のときに、生物現象には温度が関係するものが多く、温度の積み重ねがある量に達して起こる現象は多い、という話をしました(→2012.4ちょっと教えて)。
 今回は、これについて、もう少し詳しくお話しましょう。

 かつて信州大学にいたとき、松本市の東の美ヶ原という山で、カラマツの葉の芽吹きを連続11年間観測しました。
 美ヶ原は、標高2034m。松本市は標高600m、標高差が1,400mもあれば、山麓と山頂では気温はぐんと違い、春先の葉の展開の日付はかなりずれるはずです。
 松本から山頂に至る山の西斜面には、天然林・人工林混じりあってカラマツが連続していました。そこで標高100m毎に観測点を置き、毎年学生さんを動員して、春先のカラマツ芽吹き進行の観測を繰り返しました。

 その観測資料が11年分溜まると、気温と芽吹きの段階の関係が、ある程度の確信を持って言えるようになります。結論はこうでした。

 春先の毎日の平均気温の2℃を越える分だけを順次積算(日積算温度)していき、それが100℃・日(2℃以上の日約27日)に達するとカラマツの葉は開き始め、それにさらに日積算温度225℃・日(約25日)を加えて葉は開き終えます。

 このルールは標高が違ってもほとんど同じで日付がずれるだけでした。山麓から山頂へと開葉が登っていく速度は、標高100m登るのに平均2.9日でした。

 なお、標高600mの松本市で、この日積算温度が100℃・日になって葉が開き始めるのは、平年で4月1日頃。
 そして、観測11年の間には、春の異常低温の年が2回ほどありましたが、その年の開葉開始日と開葉完了日は、当然何日か遅れたものの、その開葉の気温とのルール自体は全く同じでした。
 これを表現すると、植物の「今年は春が遅い」ということになります。

 一方、カラマツの秋の黄葉は、山頂から始まり山麓へ向かって降りてきます。
 そのとき、黄葉するには8℃以下になる日2日を含んで日平均気温11℃以下の日が13日は必要。黄葉の降りてくる平均速度は、標高100mにつき3.1日でした。
 
 ところで、 こんなことがありました。
 1997年5月、長野県下で殺人事件発生。山中で焼死体が発見されたというものでした。
 県警から現場調査協力を要請された県林業総合センターの片倉正行さんが目をつけたのが、現場のすぐそばのカラマツの枝でした。

 犯行時は5月、春の遅い信州の山では、ちょうどカラマツの葉が開いていく最中。カラマツの枝には、炎の熱を浴びて枯死した半開きの葉がカラカラになって残っていました。
 私と旧知で、私のカラマツの葉の季節学調査を知っており、論文も読んでいてくれていた片倉さん。その結論をベースに、現場のすぐ近くのダムで記録していた気温データを手掛かりにして、現場のカラマツが火を浴びて枯死した日付けを割り出したのです。

 時を経て、容疑者が逮捕されました。その自供による犯行日と、カラマツの葉からの犯行推定日は、なんとわずか1日の違い。カラマツの枯れ枝は、自供を裏づける物的証拠になったのです。

 この話、はじめは私自身も半信半疑でした。もちろんカラマツの葉だけが決め手、というわけではないでしょうが、「山のことは山の専門家に聞くに限る。警察の鑑識では、こんなことには気も付かない」と、県警から賞賛されたとか。

 カラマツの「め」が犯行を見ていて、口ほどにものを言ったお話。




(c)只木良也 2012

 

 

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