若葉、新緑の季節、とくに里山と呼ばれる山々の春姿、まさに容貌一新、それが日ごとに進行し、充実していく様は、見事としか言いようのない自然の営みです。
その葉の展開には日々の積算温度が大きく関わっていますが(→2012.5森林雑学ゼミ)、この自然界の大ドラマには、そんな科学的な解析は無粋な感じさえしてきます。
新緑の山が明るくなっていくこの様子を、俳句では「山笑う」と表現(→2012.6ちょっと教えて、2011.5.17ひとりごと)。静かな冬山を言う「山眠る」に対応した季語です。
新緑は鮮やかです。明治の文豪・徳富蘆花は110年ほど前、山々の色を「淡褐、淡緑、淡紅、淡紫、嫩黄(どんおう)」と表しました(→2010.4.24ひとりごと)。また、それに続いて新緑展開後の様子を、こんな風に記しています。
青葉の頃此の林中に入りて見よ。葉々日を帯びて、緑玉、碧玉、頭上に蓋を綴れば、
吾面も青く、若し仮睡せば夢亦緑ならん。
蘆花は、東京の西郊の田園地帯に居を構え、農村を愛し、今で言う里山に情けを注いだ人でした。
新緑の鮮やかさはもちろん里山だけのものではありません。人の少ない奥山のブナ林の芽生えの時期も素晴らしいものです。
また、常緑ながら越冬後に新葉展開と同時に落ちる、いわば総入れ替え制(→2012.6ちょっと教えて)のクスノキの葉は、春先に葉の半数が交代するシイ類カシ類などの常緑広葉樹一般と比べ、鮮やかで目立ちます。
なお、常緑広葉樹の落葉の時期は一般に春、新葉が開いた直後です(→2009.11森林雑学ゼミ)。中でも春の落葉が古来注目されてきたのがタケであり、「竹の秋」という季語も生まれました(→2012.6ちょっと教えて)。
そして、これは葉ではないのですが、続いてシイの花盛りがやってきます。
陰気な印象が強く、派手な見せ場がない常緑広葉樹類ですが、この時期のシイはちょっと別格。個々には決して目立つ花ではないものの、多く集まるとなかなか見事、年に一度の晴れ舞台といったところでしょうか。
これも「山笑う」と表現したいのですが。
シイ類は、カシ類と並んで、西・南日本に発達する暖温帯照葉樹林の代表樹種。つまりは、わが国文化の発達の影響を最も大きく受けてきた森林の樹木というわけです。
そもそも照葉樹林は冬も緑で、じめじめした雰囲気、ヘビやカエルなどあまり人に好まれない動物も多い陰気な林です。古い時代、そんな森林を潰して、他のものに置き換えることが「文明・文化」である、と考えたのもわかる気がします。
そんな歴史の中でも、シイは春の花盛りを保ち続けてくれました。 その後夏に向かって、豊かに葉を茂らせるのです。
まずたのむ椎(シイ)の木もあり夏木立 芭蕉
(c)只木良也 2013
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