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2014.12
森林雑学ゼミ
 

秋にも魅せるサクラ

 

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2014年秋のソメイヨシノ。

京都・東山の疎水べり


 

 

 

サクラの赤とイチョウの黄色。

春と秋の代表選手、競演。

京都府立植物園

 

 

 


マツも紅葉するの? 

いえ、これはマツ枯れの被害木。

滋賀・北小松

 

 

 

 

 

 今年の紅葉、何処もなかなか見事だったようです。
 TVでは、皇居の乾通りが一般公開、入場1時間待ちの大盛況というニュース。真っ赤なイロハモミジ、黄色鮮やかなトウカエデなどが映りました。
 ところでその中に、モミジではない真っ赤な葉の樹がありました。説明はなかったので不確定ですが、見た感じはサクラ、おそらくソメイヨシノかと。

 以前も紹介しましたが、ソメイヨシノの紅葉はなかなか見事です(→2009.11.222013.11.21ひとりごと)。
 とはいえ、サクラといえば春の代名詞で、秋の紅葉にはなんとも不釣合い。その印象は否定できず、文学作品でもマスコミ報道でも取り上げられた例はあまり記憶にありません。
  「サクラの紅葉」が目立つようになったのは、10年ほど前からだと思います。それ以前は、アメリカシロヒトリの幼虫によって、サクラ、特にソメイヨシノの葉は食い尽くされ、紅葉期には葉そのものが無いことが多かったのでした。

 アメリカシロヒトリは、太平洋戦争後、進駐軍の荷物に付いて日本に渡来した北アメリカ原産の蛾です。6・8月頃と年に2度幼虫が発生、成熟すると体長3cm、白い毛の生えたいわゆる毛虫に。プラタナス、ウメ、モモ、ポプラ、ミズキ、クワ等多くの落葉広葉樹の葉を餌にしますが、中でもソメイヨシノの葉は大好物のようです。
 戦後半世紀、特に1970〜80年代に大繁殖。ところが2000年に入ると、その勢力は衰え始めます。原因としては、薬剤防除の効果もあるものの、鳥、クモ、などに食われることが多くなったためと推測されます。幼虫に寄生して栄養を奪うハチもいるとか。それはつまり、シロヒトリの天敵が現れたせい?

 ・・・そうなんです。アメリカシロヒトリが侵入した当初、日本には天敵がおらず爆発的に増えた。その後天敵が生まれ、活動にブレーキがかかった。結果、サクラの葉は食い尽くされることがなくなり、秋にも枝に残って色づくようになったというわけです。

 病害虫の移入による災いといえば、もうひとつ、マツノザイセンチュウ(松の材線虫)の被害、いわゆる「マツ食い虫」によるマツ枯れ病があります。
 原産地は同じくアメリカ。あちらでは古くから大被害はないのに、日本においては侵入当初から今もってなお、天敵不在。被害は全国へ拡大の一途で、いまや日本人になじみの深い松山の風景は稀になってしまいました(→2010.2森林雑学ゼミ)。
 実は、このマツ枯れ病、日本に入ったのは明治の終わりで、顕在化したのは昭和30年頃。その間50年ほどの空白がありますが、それは日本における生活燃料の主たるものが薪だったことに大きく関係します。
 最高の薪であったマツは、線虫による被害木も含めて日常的に燃やされていました。被害木の焼却処置が徹底していたわけで、それが被害の拡大防止に役立ち、言うなれば、当時はヒトが天敵。しかしその後、石油燃料が普及。薪を必要としなくなったヒトは、もはや天敵でなくなったというわけなのでした。(→2010.1森林雑学ゼミ


  

(c)只木良也 2014

 

 

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