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2017.08
森林雑学ゼミ
 

人工林と土壌緊縛力

 

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昭和中期の林齢別山崩れ面積率
(難波、1959年、「崩壊地の基礎的特性について」−林野庁)




 

山地崩落。静岡県安倍川流域。2014年9月


 



苅住実験。スギ人工林の土壌を消防ポンプで洗い流した後。

一面、縦横無尽に広がるのがスギの根。右側および左上に見えるのが、その根を張るスギの幹。

倒れずに立っている様子がわかる。

 

 7月初旬、北九州は豪雨。大規模な水害に見舞われました。一連の報道で注目を浴びたのは「流木」。洪水で運ばれてきた多数の「流木」が破壊力を発揮して被害を拡大させた、ということでした(→2017.7.17ひとりごと)。
 今回の被害の中心地は、福岡県朝倉市・東峰村、大分県日田市。スギ人工林が広がる林業地帯ですが、こうした被害はこの地に限ったことではありません。日本全国で起こり得る事態です。

 その背景には、日本の林業の歴史や手法があります。
 林業地帯の人工林といえば、50−100年生で皆伐(かいばつ/全て伐採)し、跡地に植栽、それを育て、また50−100年で皆伐、というのを繰り返すやり方が一般的です。
 植栽から皆伐までの期間、生育に応じて行う間引きの伐採が「間伐」です。
 間伐が適切に行われないと立木は「もやし」状になり、林内は暗くて下層植生も消え、土壌は劣化が進行します。植栽木の根の発達は悪く、土を支える力も弱い。それはすなわち、豪雨があれば土壌も流され、山崩れも起こりやすくなることを意味します。山崩れは当然、立木も一緒に流し出します(→2010.8ちょっと教えて森林雑学ゼミ)。

 今、木材価格の低迷や、林業労働力不足のために、人工林の手入れ不足が全国的な課題ですが(→2010.8森林雑学ゼミ)、半世紀以上も前の1959年、人工林の経営管理が正常になされていた頃、林業試験場(現・森林総合研究所)の難波宣士氏によって、こんなデータが報告されました。
 人工林の植栽・伐採繰り返しのなか、山崩れが一番起こりやすいのは、誰もが思う「伐採直後」ではなく、「植栽後15−20年」頃だというものです。これは、植栽木の生育が進んで、その葉で土地が完全に覆われる「閉鎖(鬱閉)」(→2010.6.17ひとりごと)が完了する頃にあたります。
 植栽木の根の土を縛りつけ維持する力のことを「土壌緊縛力」といいますが、この力は、植栽直後のゼロから生長にともなって当然大きくなっていきます。しかしながら、山崩れが起こりやすいのは、森林が一人前になった閉鎖完了時期であるという・・・さて、どういうことでしょうか。

 実は、伐採したとはいえ、その地にもとの大きな木の根は確実に残っています。植えたばかりの木(新植木)は根の張り方がまだまだでそれ自体の土壌緊縛力は弱いものですが、一方、伐採された木の古い根はしっかりしていて土壌緊縛力を高く保っているのです。もちろん、それも時が経ち、古い根の腐朽・分解が進むとともに、当然失われていきますが。
 その林地の土壌緊縛力とは、年々大きくなる新植木のものと、年々小さくなっていく伐採木のものとの合計です。それはつまり、新植木の能力向上が古根株の能力低下に追いつかず、その合計が最小になる時期「伐採・植栽後15−20年」が存在するということ。故に山崩れが起こりやすくなるというわけです。

 とはいえ、多くのデータの解析から、有林地と無林地を比べると、1平方kmあたりの崩壊箇所数、崩壊面積ともに、有林地は無林地の約半分でした。
 土の中の根は、しっかりと土を抱きかかえています。細根・側根は、土にネットを掛けたように、直根はそれに杭を打ったように働き、土が崩れ、流れるのを防ぎます。根系の最大の任務は、言うまでもなく、土の上の地上部を支えることですが、その根系の発達が土壌の流亡・崩壊を防いでくれるのでした(→2010.8ちょっと教えて)。
 樹根研究の第一人者・苅住f博士が、かつてスギの人工林で、消防ポンプの水圧で土壌を洗い流す実験をしたことがありました。結果は、土壌が無くなっても、スギは倒れなかったというものでした。

 普段の降雨なら、こうした樹木の働きのおかげで森林の土は守られます。しかし、その働きを越える豪雨、例えば短時間に土壌層が完全に満たされるほどの降水があれば、土壌層とそれが乗っている岩盤との間が水で緩められ、土壌は滑り落ちます。今回の北九州の豪雨は、まさにそれ。異常ともいえる降水量故に被害も甚大で、注目が集まりました。
 今回までに至らぬ平常時において、森林立木はどれほどの役割を果たしているでしょうか。その働きが大きいことを、決して見過ごしてはならないのです。



(c)只木良也 2017

   



 

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