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2017.03
じぃじ先生 ちょっと教えて

登呂遺跡に行ってきたよ。



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住宅街の中に突然、どーんと広い田んぼと、復原された竪穴式住居が。今も昔も、同じところに住んでたんだ!





掘立柱の模型。柱本体を含めて4つのパーツに分かれてて、それをパズルみたいに組み合わせると、上に乗った建物の重みで、ちゃんと固定されるんだって。
一番下がネズミ返し。





こっちも釘を使わないで固定するほぞさしの技術を体験できる模型。左右から凹みのある木材を差し込んで、両方の木材が組み合わさったところに細い木材を刺して固定する。鍵みたい!





木がごろごろ。土器炊飯体験のときに燃料にしたり、農具を復元するときの素材にしたり・・・。





丸木舟も復元してあった。木は、小さいものも大きいものも作れる便利な素材だね。





高坏は土器が多いけど、登呂遺跡では木製の高坏も発掘されてるんだって!これは静岡市立登呂博物館の複製品。





発掘された木製品の複製品がいっぱい。触ってもいいので、実際に持ち上げることもできる。下段の小判型の農具は田下駄。
静岡市立登呂博物館にて。





スギとヒノキが混在した人工林は、こんな感じ。昭和40年代の北関東。
この林では、成長の良いスギを中心に間伐をしていたんだって。





現代のスギ製品も色々。北は秋田県の曲げ物から、南は屋久スギの杯まで。


登呂遺跡に行ってきたよ。田んぼの畔が残っていて、竪穴式住居や高床式の建物が復元されていた。のんびりしたいいところ。

集落や水田、近くには森林のあとも残っている大きな弥生時代の農耕集落遺跡。静岡市の南部。じぃじ先生も、以前、行ったことがあるよ。


お母さんも、子どもの頃じぃじ先生に連れていってもらったんだってね。
いろいろな道具類を実際に触れることのできる体験館と、資料満載の博物館があった。

ほう、当時も、そういった展示はあったのかなぁ。竪穴式住居を、当時小学生だったお母さんが「うわぁ・・・」って目を丸くして眺めていた姿は覚えているんだが。


掘立柱も実際に自分で組んでみることができるんだ。本当に釘を使わないんだね。
集落には弥生時代の水路もあって水が流れているんだけど、その中に木片が浸けてあるの。弥生時代の農具を復元するんだって。ほかにも、貫頭衣の試着ができたり、土器で炊いたご飯が食べられたり。

当時から研究も進んで、より充実してきたんだろうね。だいぶ楽しんで、堪能してきたみたいだな。


うん! 登呂遺跡が発見されたのって、太平洋戦争中なんだってね。戦闘機のプロペラ工場を建設しようとしたら見つかったって、展示館に資料があった。

そう、戦後に大規模な調査が入り、日本有数の規模の遺跡であることがわかったんだ。敗戦で沈んでいた日本を大いに勇気づけたニュースだったと思う。
この時の調査は、考古学だけでなく地質学や植物学など自然科学系の研究者も参加した学際的なものだったという。


土器はもちろんだけど木製品もたくさん出土したみたい。田下駄とかネズミ返しとか。木製の高坏なんか初めて見たなぁ。

木製品の樹種はわかったかい?


スギがよく使われたって解説パネルに書いてあったよ。

そのとおり。登呂出土の木製品の95%はスギ。あのあたりは安倍川がくり返し氾濫した土地で・・・


うん、それも展示があった。何度も川の流れが変わって、遺跡も時代によってあちこち移転している。
登呂遺跡も、長い間集落が造営されていたけど、最終的に放棄されたのは安倍川の氾濫のためだそうだよ。

そう、だから土が良い。その良い土があったから、天然生のスギが豊富に育っていたんだろう。


え? 良い土なら、高級木のヒノキが育つんじゃないの?

登呂の土は、ヒノキよりもスギに向いているんだよ。


あれ? そもそも良い土ってなんだろう。養分がたっぷり入っているとか?

それよりは、適当な水分が含まれていることのほうが重要だろうね。


あ、そうなんだ。ミミズがせっせと働いているようなイメージだったんだけど。

あははは。そのイメージも間違いじゃないよ。もちろん良い腐葉土がつくられるためには、ミミズがせっせと働いてくれないとね。
土が湿っているというのは、泥沼とは違うんだ。水がよく浸み込んだ土のこと。
山が崩れて流されてきた沢沿いなどで、その土が安定したあとにスギが生えるんだ。


ほかの樹種はどうなの?

もちろん天然には色々な樹種が生えてくるが、それだけに樹種間の競争は激しい。ヒノキはその競争を避ける形で、スギよりも少し乾いた栄養の劣る土地で育つね。ちなみに、マツはさらに水分条件の悪い海岸などの砂地でも育つ。


砂地・・・そういえば、砂と土の違いってなに?

前に、「土壌生成の5要因」の話をしただろう?(→2015.3ちょっと教えて


ロシアの土壌学者が、100年以上も昔に提唱したんだよね。「母材料」「気候」「地形」「生物」、そして「時間」だっけ?

そう、特に「時間」はポイントだ。


ああ、そうだ。砂は岩石の細かいもので無機物の「母材料」、そこに気候や地形などの条件が重なって、そのなかに有機物が供給されて、働き者のミミズがせっせと働いて・・・何万年という長い時間をかけてようやく土になるんだった。

完全成熟土壌になるのは100万年かかるという説もある。そうしてできあがった土にそれぞれ適した樹種が生える。


良い土っていうのは、「King of 土」みたいに優劣があるというよりも、木にとっていい土、樹種に適した土ということなんだ。

前に、吉野スギの話をしたのを覚えているかな?


吉野はスギの名産地、日本の人工林の開祖だっけ(→2011.7森林雑学ゼミ)。

そう。そのときに、紹介した明治31年発行の『吉野林業全書』。その中に、スギとヒノキの混植、土壌の良い土地にはスギ、悪いところにはヒノキの混交歩合を増やす・・・という記載があったろう?


そういえば、なんでヒノキを混ぜるんだろうって思ってた。

スギは良い土でしか育たない。ところがヒノキは多少劣った土でも育つ。だから、土の良くないところにはスギとヒノキを一緒に植えると、たとえスギがうまく育たなくても、ヒノキが生き残るんだ。


あくまでもスギが優先の発想なんだね。そうか、ヒノキの方がサバイバルな性質なんだ。なんか意外。

吉野のやり方を模して、東日本にもスギとヒノキを混植した試験林がつくられたことがある。成長の早いスギに間伐をくり返し、ヒノキ林化していく方式だったが、一般普及するには至らなかったな。 


今はどうなの? 秋田や吉野などと比べて、静岡のスギってあんまり聞いたことがないけれど。

確かに、静岡のスギは一般にはそれほど知られていないかもしれないね。でも、間違いなく静岡は森林県、天城スギという有名品種も持っているよ。林業、不況だけれどがんばっている。


そっか。登呂周辺の土はスギの生育に適していて、スギがたくさんあった。だからよく使われた。でもなぁ・・・。

ん? どうした?


木によって向き不向きがあったじゃない? 用途によって使い分けるっていう(→2010.1森林雑学ゼミ2012.7ちょっと教えて)。
吉野は、酒どころ・灘で使う酒樽という用途に適していたからスギに絞ったんだよね。で、建築用材としてはヒノキが最高なんでしょ?
・・・となれば、なんでもかんでもスギっていうのは、なんか違う気がする。

いい点に気がついた。今までの勉強の成果が出ているな(笑)。


だって、「適材適所」って。

そう、それは確かだ。現に、登呂遺跡より昔、縄文時代の遺跡である福井県の鳥浜貝塚では、6500年前には、食器、建物、丸木舟や板、漆塗りの櫛など、用途に応じて多種類の木材を使い分けていた(→2010.1森林雑学ゼミ)。
ただね、スギというのは、とても便利な樹種なんだよ。名前の由来を話したろう?


まっすぐ育つから・・・直グ木で、スギ(→2017.2森林雑学ゼミ)。

そう。まっすぐ育つというのは材木として大きなポイントだ。何しろいろいろな加工がしやすいからね。肥えた土で育つから強度はあるし、その上成長が良い。登呂ではそんなスギが身近に天然で豊富に育っていたんだもの、家から食器から道具から、そりゃもうなんでも・・・ね。


スギはオールラウンダーってこと!? すごいなぁ。
まさに、『ドラえもん』に出てくる優等生、出来スギ君だね!

 

     


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