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2017.07
じぃじ先生 ちょっと教えて

修士課程に進学したよ。



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大学生から大学院生へ。修士1年は思ったより忙しい・・・。




苗畑での巣植え試験の様子。試験区だから細かく区画に分かれているのかな。写真が白黒だぁ。




巣植え試験中の苗畑を、上から見たところ。




北海道演習林のシラカンバ林・・・って今もある京大フィールド研の研究林のことかな。ここでした研究も、学会誌に掲載。すごい!






積み木・・・じゃなくて、実は、現地調査で調査木の幹から採ってきた円板。年輪が見えるように輪切りにして、成長量の測定中。




学部生の現地実習について行く修士時代のじぃじ先生。後輩の授業の手伝いをするのは、いまのティーチング・アシスタントみたいなものかな。




演習林にはなんと森林軌道も。片道だけ機関車が引っ張って、帰りは下り坂を転がり下りてきたそう。




昭和30年代前半の学会発表風景。スライドもまだ少なくて、もちろん今みたいなプレゼンテーションソフトもなかったから、全部手書き。想像できないなぁ。




学科単位のスキー合宿で信州わらび平へ。同期の人たちと仲良くなるのって、実はとても大切だよね。楽しそう!




今の私と同じ20代だった頃のじぃじ先生。違うことも多いけど、やっぱり大体の方向は同じみたい。私もがんばるよぅ。





4月から修士課程に進学。毎日、なんだか目まぐるしいよ。

がんばっているようじゃないか。懐かしいなぁ、大学院時代。もう60年ばかりも前のことだ。


でね、ふと思ったのが、じぃじ先生は修士のときどんな研究をしていたのかなぁって。

修士のとき? えーっと・・・主には樹木の競争密度関係、具体的には、巣植えと、間伐モデル試験だね。
四手井綱英先生のご指導のもと、いろいろなことを学んで、経験を積んでいたなぁ。先生や先輩のフィールド調査に手伝いとして同行することも多かった。


巣植えって何?

1本植えでなく、1ヶ所に何本かまとめて植える方法だ。育ってきたら、そのなかで優秀なのが残る。周囲の植生からの圧力、気象害などへの抵抗性があると言われていた。


それってポピュラーなやり方ではないの?

1ヶ所にタネをまとめて播く「巣播き」は、農業では昔からあったが、それほど一般的ではなかった。
でも、第二次大戦後、ロシアの生物学者・ルイセンコ(獲得形質が遺伝するという説を立てた人物)が、「収量増加に効果あり」と喧伝して、ちょっと注目されていたんだ。
で、木の場合はタネではなく苗木を植えるので「巣植え」。これが、若い間の他の植物との「種間競争」緩和に効果があるだろうという予測を立てた。


で、どんな実験をしたの?

実際に畑で、スギの巣植えを他樹種や雑草で取り囲み、他種からの悪影響を和らげるのに役立つかを実験で確かめた。
結果はほぼ予測どおり。試験終了翌年に、先生と連名で学会誌報告。


予測どおりとはすばらしい! 学会誌での報告、重要だよね。

・・・なんて話しているけど、じぃじ先生の院生時代の研究内容のことばかりでいいのかい?


いいの。今回は「研究者・じぃじ先生ができるまで」が裏テーマだから(笑)。

おいおい、怖いなぁ。お手柔らかに頼むよ。


あははは。で、もうひとつ、間伐のモデル試験というのは?

間伐の方式と成長・収穫量の関係性を探るものだ。
畑にスギ苗を密植して、色々な方式で間引き処理をする。その方式を相互に、どれだけ成長するか、どれほど収穫があるかを比較した。


間伐は、このサイトでも重要なポイント。

そう、これまで取り上げてきたね(→2016.8森林雑学ゼミ2016.9ちょっと教えて)。
間伐モデルは、草本で見つけられた「競争密度効果」を、木本に応用すると言う重要な意味をもつものだった。


競争密度効果って、なんだろう。

たとえば、同じ大きさの植木鉢に1本、3本、5本、10本・・・など、生育密度を変えて育てた場合、植物の平均個体重は本数が少ない方が大きく、鉢全体の植物重は本数が多い方が大きい。それを簡単な数式で表わしたもの。
この現象を発見したのが、四手井先生の後輩にあたり、親しい間柄だった吉良竜夫先生のグループだ。


吉良先生のお名前も、じぃじ先生からよく聞くね。で、テストの結果は?

花丸だよ。実は前年、学部4年生の卒業研究で、それが木本でも成り立つことは既に実証していたんだ。
修士では、それを応用して、実際の森林では大規模・長時間にならざるを得ない森林造成や人為的な生育密度のコントロールを、苗木を使った畑でのモデル試験でやってみようとしたわけだ。
どういう方法が適しているという結論を求めるわけでなく、いくつかの間伐方式による収穫(面積、個体)を比較してみようというものだった。


学部での研究がベースになっていたんだね。

そう。そして博士論文ではさらに発展させて、間伐の時期や強度を違えた450通りの間伐方式を想定して、比較検討した。


博士論文にまでつながっていくって、なんか壮大だなぁ。
いくつもの実験、いくつもの分析をしてきたと思うけど、迷宮入りみたいになっちゃった時ってなかったの?

もちろん、疑問点などは先生にその都度ご指導を仰いださ。しかし、法則が既にわかっていて、その応用だから、幸い「迷宮入り」とまではいたらなかったな。
修士のときは、とにかく実験に明け暮れていたよ。
いろいろ勉強・検討しながら、同時に「植物群落の生産力(光合成由来の有機物量)」の知識・データの収集なども、ひたすらこなしていた。大学の演習林、各地の国有林などへ出かけてね。大学の構内にあった畑の日常管理もかなりの大仕事だったなぁ。


そうかぁ、やっぱり毎日忙しかったんだね。専門の林学以外の授業や実習もあったのかな。たとえば、キノコとか地質学とか、動物の授業とか。

もちろん、断片的とはいえ関連するものはいろいろと学んだよ。
ん? そこに何かひっかかることがあるのかな? 


ううん、ひっかかるんじゃないの。今、私にも専門とはちょっと違う分野の授業がいくつかあるんだけど、実は結構自分のテーマにつながっているなぁって。

そのとおり。興味あるものをいろいろ手がける、その中に専門に活かせるものが見つかったとすれば、そうした機会はありがたいんじゃないかな。
ひとつ、じぃじ先生からも聞いていいかな。そもそも、どうして大学院に進学したの?


まだまだテーマがいっぱい見えているから。 卒業論文は書いたけど、勉強不足だし、やりたいことには全然たどり着けていない気がして・・・。

なるほど。やりたいことがあって、学びたいと思っていて、いろいろなことを面白がれるというのはいいことだね。


じゃあね、こっちからもそもそも返しの質問なんだけど、じぃじ先生はどうして研究者になろうと思ったの?

改めて聞かれると、はてさて・・・?
漠然と、自分に向いていると思ったのかもしれないな。会社勤めより勝手がきくんじゃないかというイメージがあってね。


林学を選んだのはどうして?

父親が医者だったから、最初は自分も医者になるつもりだったんだ。
当時の大学の制度が、まず理科系の学部に入り、2年の教養課程を終えた段階で試験を受けて医学部へ進学するというシステムになっていたんだが・・・。


ああ、そういえば「じぃじ先生は、血が苦手だからお医者さんにならなかったんだって」って、前にお母さんから聞いたことがあるよ。

あ〜、すっかりバレているのか。そう、今でも血は苦手だし病院もあまり好きではないな。しかし
まぁ、本音を言えば、もう一度試験を受けるのがイヤで、そのまま農学部に進むことにしたんだよ。


正直なお答え、ありがとうございます(笑)。

あははは。林学を選んだのは、他の学部との競合がないから。せっかくだから農学部の中でも特色あるものをやろうと思ってね。


じぃじ先生の時代、研究室ってどんな感じだったの?

院生それぞれが机を持っていて、それが同居する大部屋・研究室があったね。
四手井先生は、気さくで話し好きな人。しょっちゅう学生部屋へ来て雑談しておられたよ。昔、勤務しておられた秋田・山形の話が多く、「先生の話はアキタ県」と学生たちは言っていたものだ。 先輩も一緒で、お酒やタバコをわいわいやりながら・・・。
研究室相互間も仲が良くて、学科としても「林学」らしく、毎年信州の山へのスキー旅行があった。


良いことも悪いことも教えてもらったんだね(笑)。

いや、そう言われるとなんとも・・・。でも、学生の本分は研究・論文だよ。


もちろん、わかってるよぅ。鋭意努力中。「良いことも悪いことも」学びながら、しっかり研究したいと思いますっ!

 

     


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