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2016.12
森林雑学ゼミ
 

フィトンチッドと神山教授

 

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木曽赤沢のヒノキ林・奥千本。

森林浴発祥の地といわれる。 

 

 

 

 

 

京都丹波井ノ口山、北山台杉の元祖? 

落着きの森。






 

 森の中のすがすがしく美味しい空気の正体は、樹木が発散するフィトンチッドと呼ばれる物質です(→2016.11ちょっと教えて)。
 テルペン系の芳香性炭化水素物質で、空気中の含有量は1億分の1から10億分の1程度。植物はこれを花や葉、枝や幹から揮散(揮発して空中に分散)することで有害な微生物を殺して、自らの身を守っています。一方で人間は、この性質を食べ物の保存や薬などに活用してきました(→2016.11ちょっと教えて)。

 このフィトンチッドが発見されたのは1930年ごろ。ロシアの生物学者・トーキン博士が、植物を傷つけるとその周囲の細菌が死滅することを発見、植物を傷つけて放出される物質をフィトンphyton(植物)+チッドcide(殺す)と名付けたのです。
 その後の研究で、このフィトンチッドを含む空気は、人間に対して精神的のみならず、生理的にも呼吸器系、循環器系などに好ましい効果があることがわかりました。それを応用したのが「森林浴」です(→2016.11ちょっと教えて)。

 このフィトンチッド研究の、わが国における第一人者といえば、生気象学者・神山恵三氏。1984年秋に私が担当していたNHK教育テレビ市民大学「森と人間の文化史」講座にもゲストとしてお招きし、フィトンチッドと森林浴のお話をしていただきました。

 1970年代、神山氏はあちこちの森林に立ち入って、森の香りの正体、フィトンチッドを探りました。明治期にドイツより招いた人医師・ベルツ博士以来、森林保養地として名をあげた草津温泉の森林にはじまり、その木材で建てた家には蚊が入らないといわれる青森のヒバ林、老大木生い茂る屋久島のスギ林にも、調査の手は伸びました。

 さらにこんな実験もしています。
 ネズミに、信号音に続いて電気刺激があることを覚えさせ、スギの葉を入れた飼育箱の中で反応させます。その場合、信号音が鳴ってから電気刺激に反応するまでの時間が、葉を入れない状態での実験よりも短かったといいます。
 同じようなことは、実は人間でも見られます。
 カラマツ林内と、それと同じ気象や明るさの条件に設定した人工気象室の中で、人間の感覚を調査してみました。すると、安らぎ感や香りの感覚などが多かったのは当然としても、大脳活動の状態をよく表現するといわれる瞳孔の光反応もまた、林内にある方がはるかに大きかったのです。
 ここから、一般的に心が落着く環境にある方が、刺激に対する様々な肉体的反応時間が短い、という結果が導き出されました。

 こうした神山氏の研究がわかりやすくまとまっているのが、神山恵三著『森の不思議』(岩波新書242、1983年)です。古い本ですが、図書館の棚には並んでいるはず。
 森林浴に出かける前に読めば、きっと森の空気がさらに美味しく感じられることでしょう。
     



(c)只木良也 2016

 

 

   



 

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