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2016.11
じぃじ先生 ちょっと教えて

どうして森林「浴」っていうの?



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わぁ、紅葉がきれい!
「からくれなゐにみずくくるとは」の時代から、紅葉のシーズンの山は大人気だもんね。





なぜか分からないけど、こういう森って落ち着く。
空気がいいからかな。





森林浴のためのツアーもあるんだって。
みんなで森に行ってみるのも、楽しいのかもしれない。





森の中で、のんびり運動しつつ、きれいな空気でリフレッシュ。
私も、こうやってのんびりしたいな。





木曽赤沢にある、セラピーハウス。
森林浴って、ちゃんと「セラピー」なんだね。







のんびり癒されるだけじゃない。楽しく遊ぶことも、元気になれる特効薬!
どんぐりでも拾ってみようかな。



森の中では、こんなものに遭遇することもある。
昔の森林鉄道なんだって。こういうのを探すのも楽しいかも。





風景もきれい、空気もきれい、水もきれい!
透き通った水が流れてるだけで癒されるね。





木曽赤沢、森の入口にある吊り橋。
すでに空気がきもちいいー!





これからも楽しく自由に森林浴したいからこそ、森のルールは守らなきゃね。





年齢とか、やりたいこととか、一緒に来てる人とか・・・。そういうのに関わらず、どんな人でもそれぞれの楽しみ方ができるのが、森林の楽しさなんだろうなぁ。


紅葉の季節、山歩きのシーズンだねぇ。

そうだね。レジャーもいろいろあるけれど、秋のハイキングは、やはり人気が高いだろうね。春の花見と秋の紅葉狩りは、日本を代表する古来の娯楽だよ。


ねぇ、そもそもなんだけど、「ハイキング」と「登山」ってどう違うのかな。

え? まったく違うよ。ハイキングは一般的に、軽装で、一定のコースや距離を歩くこと、登山は山頂を目指す肉体的に厳しい行為じゃないか。
もっとも、先日亡くなった登山家の田部井淳子さんのように、樹木のない山頂を目指すのはもちろんだが、一方で「山笑う」季節(→2013.5森林雑学ゼミ)をたいそう愛し、山の魅力・美しさを登る途中の森林樹木にも感じていた人もあるけれど。


ああ、そうか。楽しむ感じと過酷な感じ。うん、だいぶ違うね。
じゃあ、「森林浴」って言葉があるじゃない? それと「ハイキング」との違いは?

う〜ん・・・ハイキングの趣旨に少々「心身健康のために」の色付けを濃くしたものが「森林浴」と言っておこうか。


心身健康のため・・・?

そう、森林浴は日常に疲れた精神・肉体のリクリエーション(再生)に効果のあるものだ。その点を重視するかどうかが、大きなポイントだと思うよ。
森や林の中で、その清浄な空気を呼吸しながら、適度に運動することで心身の休息を図る。ちょっと専門的に定義づけするなら、森林のもつ精神的、科学的、神秘的雰囲気の中で医学的に裏づけされた健康法を行うこと、となるかな。


なぜ「浴」っていうんだろう。

そりゃあ、森の空気を全身に「浴びる」からさ。
海での遊びは、海水を浴びるから「海水浴」。その流れからきたんじゃないかな。古くは「林風浴」と言ったらしいよ。


それいい! 風流だなぁ。浮世絵にありそうな感じ。
日本には昔からあるの?

いや、浮世絵になるようなそんなに昔からはないさ。
明治時代、ドイツから招いた医師・ベルツ博士は、群馬県草津の山間に、温泉のほか「日本で最上の山の空気と、全く理想的な飲料水がある」と、森林療法の保養地を設定している。
はっきりとは言えないが、そのあたりが考え方の起源とできそうだ。


「森林浴」という言葉はいつ頃から使われているの?

1982年に当時の林野庁長官が命名して提唱した。その後、たちまち広がり、1986年には、「日本の森林を21世紀に引き継ぐため、また、自然保護の精神を養い国民の健康増進に役立てること」を目的として、全国各地から「森林浴の森100選」が選定されている。


たった4年でそこまで広がったって、一大ブームだったんだね。

そう。ちなみに「森林浴」の発祥の地は、木曽の赤沢自然休養林とされている。


おお、赤沢! このサイトの常連さん! 
うん、確かにあの森の空気はおいしかった。身体がすぅっと浄化されていくような感じがしたよ。とても気持ちが落ち着いて。

うんうん。その正体は樹木が発散する、さわやかな香気を放つ物質だ。テルペン類という炭化水素化合物によるものを主体とするものだよ。


それがフィトンチッドっていう、あれ?

それそれ。フィトンチッドとは、樹木から揮散される、そのテルペンのことを言うんだ。
フィトン(phyton)とは「植物」、チッド(cide)は「殺す」を意味する語で・・・。


ええっ!? 植物を殺すの!?

こらこら、急がないでちゃんと聞きなさい(笑)。
フィトンチッドは本来、病菌を殺して病虫害を回避するためのもので、樹木が生きていくための自衛手段なんだ。
これを人間が自分たちのために応用したのが、食べ物保存の用途。ちまき、桜餅、朴葉巻き・・・。また、小豆物に添えるナンテンの葉。その名の由来は、食中毒の「難」を「転」ずることにある(→2012.1ちょっと教えて)。


人間は樹木に、そうした効用を教えてもらったんだね。

生活の知恵といえるものだが、もとはそうだね。
そんなフィトンチッドが混じった空気は、人間の呼吸系、循環系、精神系に、安定させるなどの効果をもたらすと言われているんだ。


森林空気の薬効、療養の意味での「浴」か。温泉で湯治するようなイメージだね。

ドイツでは森林浴にも健康保険が適用されると聞いている。
日本では、まだそこまではいかないが、療養効果は認められつつあるよ。赤沢自然休養林などでは林内に診療所を置いて、健康管理のデータを集めている。


でも、空気を吸うだけでは効果はのぞめないんでしょ?

そのとおり。森の空気が身体に良いからといって、森の空気の詰まった缶詰を家で開けるなんていうのでは駄目。まったく意味がない。


それは、あたりまえだよ!

いやいや、冗談じゃなく、実際にそんな商売もあるんだよ。美しい森林のポスターが缶詰とセットになっていて、それを部屋の壁に貼り、その前で缶詰を開けなさい、なんていう商品のことを聞いたことがある。


うわぁ・・・それって、緑に塗って「緑化」としたって話(→2013.12ちょっと教えて)と同じ匂いを感じるよ。

ああ、感じるなぁ。


適度な運動と充分な休養は、ストレスフルな現代人には必要不可欠。やっぱり歩くことが基本なのかな。

そうだね。まぁ、もう少しアクティブでスポーツ的な側面もあっていいとも思うけれど。
ただ、森林浴で何よりも大きな特徴は、一般スポーツ競技のようなルールがないというところだ。
気まま、自由に、が基本。疲れたら休む、近道・回り道は随意、天候次第で中止・・・。何しろ日常の精神的・肉体的疲れを癒すためのものなのだから。
いわゆるレクリエーションと、リクリエーション(精神や身体の再生)とは、同じ英単語(recreation)なんだよ。


森林と環境の専門家のじぃじ先生としては、森林浴のブームは嬉しいこと?

だんだん重要視されてきていることは喜ばしいね。
国土の2/3を森林が占めるわが国だが、それだけに存在があたりまえすぎるのか、国民の森林への関心は高いとは言い難い。だから、森林浴が一般市民の森林への理解を深めるきっかけとなるといいと思うよ。
もう30年も昔のことだが、西ドイツへ行ったとき、工業立国で働く人々にとってのレクリエーション用地として森林が必要だと、農地を森林に変えることに国が真剣に取り組んでいたんだ。


ああ、「食糧はEC(ヨーロッパ共同体/当時)があるから輸入できるが、森林は輸入できない」(→2016.4森林雑学ゼミ)の話だ。印象に残る言葉だよねぇ。
でもね、森林浴ブームはいいけど、一方で人が増えすぎることで問題も出てくるんじゃないのかな。縄文杉の根っこ踏み荒らしちゃったとか、マナー面も含めて困ったことが増えそうに思うんだけど。

縄文杉の例は、森林浴というよりは、観光名所としての意識だね。今は立ち入り制限をかけている。
しかし確かにそれは注目すべきことだと思うよ。レク地指定場所では、それに接するところを荒らさないこと。保護林や実験林など、特別な用途の森林と接している場合も多いからね。
森林浴は気ままに、自由にとはいうものの、守るべきルールはあって当然だ。


森が荒れては本末転倒。ならば、森林浴やレクリエーションを指導する立場の人も育てなきゃいけないんじゃない?

そう、それは大事な視点だ。自然のルール(生物学的、生態学的)に反しないよう、一般の人たちをリードする存在、いわば森のプロたちの育成には力を入れなきゃいけない。
じぃじ先生も、森林インストラクターを養成する講座に、ずいぶん長く携わっているよ。


じぃじ先生が考える理想の森林レクリエーションってどんなものだろう。

これは大きな質問だな。さてさて・・・。
やはり大前提は、自由に自発的に、義務感なし。ただし最低限のルールあり。人に迷惑をかけないとか、その場を荒らさないとかね。
「休」という漢字があるだろう。あれ、すごくよくできていると思わないかい?


あ、「人、木に寄るを『休む』という」っていうのだね。

そう。そしてその流れで、もうひとつ見てみよう。「休む」の英語は何だろう。


“rest”でしょ? ・・・あ!

わかったかな(笑)。「休むため」、すなわち“for rest”は・・・。


“forest”、「森」だ!

ね? そこに全てが詰まっているように思わないかい? 日本でも欧米でも、考え方の起源は同じなのかもしれないね。


あ、わかっちゃったぁ。じぃじ先生の元気の秘訣は森林浴にあるんだよ。人一倍、森林浴をして、適度な運動をしてきたからだね、きっと。
     


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