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2011.06
じぃじ先生 ちょっと教えて
 

キリの木はどうして軽いの?

 

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上賀茂神社「見返りの桐」。5月下旬。
今年はちょっと花が遅い。





枝先アップ、花が何とか見える。

大きな木だけに枝まで遠い。





この音色、大好き。

始めて3年半、難しいけど楽しんでます。





木目のきれいな、ばぁばのタンス。生まれた時に植えた木で作った・・・のではないらしいけど。





満月みたいにまぁるい月琴。

ハノイの民家保存館にて。





軽くて履き心地よさそうなじぃじ先生の桐下駄。





50年超えの年代もの百人一首。

キリの箱に守られて。





そっかぁ、これは鳳凰だったんだ・・・。

 

 

  前に台風でやられた上賀茂神社のキリ、元気になったねぇ。もう花は咲いたの?(→2011.5.15ひとりごと

きれいに咲いたよ。枝の折れた箇所も、もうどこだったかわからないくらい回復してる。

キリの木は、私の大好きな箏の材料になるんだよね。

お箏の練習、頑張ってるかい? 
優雅だけど、大きくてかさばるから,持ち運ぶのが大変だね。


でも、軽いから大丈夫。

そうだな。キリは日本産の樹木では、もっとも軽いんだよ。
木材の体積に対する気乾(空気中で水分が抜けきった)状態の重さを気乾比重(g/cm3)というが、キリは0.3だ。
対して最高はイスノキで0.9、カシの類では0.8台、ケヤキ0.7、アカマツ0.5、スギ・ヒノキ0.4。
ちなみに軽さ世界一は南米産のバルサで0.12〜0.2(数値はいずれも平均・概数)。


どうしてキリはそんなに軽いの? 細胞の中に空気がたくさん入っているとか?

道管って、学校で習っただろう? 

うん。道管と師管だよね。
道管は、草や木の幹のなかにある、地中から葉まで水を運ぶ管。
師管は、葉で光合成によってつくった養分を、植物のすみずみまで運ぶ管。

そう。その道管には環孔材、散孔材、放射孔材、文様孔材など、樹種ごとに形状が異なるんだが、キリは、年輪沿いに道管が並ぶ環孔材でありながら、道管が散らばって分布する散孔材のような性質も持っている。
そのため、孔が多く、したがって重量は相対的に軽くなるんだ。
もちろん、道管の点だけで重量が決まるわけじゃなく、本質的には樹種ごとの特性で、材の密度のようなものによるだろう。同じ環孔材でもケヤキ、ナラなどは重いからね。


木が育つには水や光や養分などのエネルギーが必要だよね。
じゃあ、軽いキリは重いアカシア(→2011.5ちょっと教えて)よりも少ないエネルギーで育つのかな? 同じ条件だったらどちらが大きくなるの?

これは面白い着想だなぁ。軽さと成長具合の関係についてだね。
「成長」を材の体積としての成長(=体積成長)と捉えれば、軽い材の樹種でその効率は高い、といえる。両者の勝敗は別として、キリがよく育つのは間違いない。
ただ、エネルギーというのは重量ベースの概念で、その点で種間の差はないのが原則。
植物の細胞壁の主成分、セルロース1gを生産するのに必要なエネルギーは、どの種もほぼ同じ4700calなんだ。草と木の差はあるようだが。


昔、娘が生まれると庭にキリを植え、それでお嫁入り道具のタンスをつくったっていうじゃない? よく育つっていっても、まさかそこまで速くは成長しないよね?

お、よく知ってるなぁ。それが、“まさか”なんだよ。
昔のことだ、嫁入りを20歳そこそこと考えて、すなわち苗木から20年でタンスの材に使えるまでになるという。キリの「自家用消費」と成長のよさ・速さを物語る慣習だね。
その目を見張るばかりの成長ぶり、実は、育て方に大きな特徴があるんだ。


育て方?

「台切り」というやり方だ。
苗木を植えたら、そのまま置くのでなく1〜2年で根本から伐採し、そこから出てくるひこばえ(→2010.4ちょっと教えて)を育てるという方法。


え〜、そんなにすぐに伐っちゃうの? せっかく伸びたのに・・・。

・・・と、思うだろう? でも、伐採後の新芽は成長がよく、真っ直ぐで素性が良いんだ。
また、幹の内部に出来がちの空洞も小さくなるともいわれる。キリの成長を速め、良質の材をとるのに有効なやり方なんだよ。
この、「切ることによって更に栄える」という特性が、キリの名の由来といわれる。「切り」→「キリ(桐)」だよ。


あ、おもしろいネーミングシリーズだ(笑)。
そうだ。お箏の先生から「中国製の箏は響かない」って聞いたことがあるんだけど、中国のキリの木と日本の木に違いはあるの?

響きが違う? そんなことがあるの? 
キリは日本原産よりも中国から入ってきたものがほとんどだから、材としての違いはないと思うがなぁ。
箏に加工する過程に日本独自の“何か”があるのかも。興味深いね。

何か、か・・・。私にとってはキリといえばお箏だけど、ばぁばのタンスもキリだったよね。他にどんなものに使われるのかな。

『木材ノ工芸的利用』(大日本山林会/明治45年刊)を見てみよう。木材がもつ特性ごとに用途が記してある事典だ。
まず、「軽さ」を生かしてお面、襖(ふすま)や屏風の骨。それに「見た目の美しさ」を加えて下駄、羽子板、火鉢の胴、建具。「狂いにくい」「糊付きがよい」「水火に強い」ので、タンスや長持、家具指物。
「音響伝導に適す」ため楽器(十三弦筝、月琴、筑前琵琶など)に。耐火性から金庫内部箱、「炭質点火容易」ゆえに火薬原料。「材の吸水性小なる」から呑口、浮子、棺・・・などなど。


うわぁ、万能だぁ! そういえば今度の震災で、津波に流されたキリのタンスから着物が無傷で出てきたって話を聞いたよ。キリが守ったんだね。
それほど用途がいろいろある木なら、日本でたくさん植えられたんだろうな。でも、あんまり「キリ林」って聞かない気がする。

そうかもしれない。北海道南部から九州まで、各地に植えられてはきたんだよ。
でも、土壌が肥沃で深いこと、排水良く適潤、日当たり良く、ただし西日は駄目、風当たり弱、あまり暖かいところでは材質が劣る・・・などなど立地条件が厳しく、大造林地を作るのは難しかったようだ。


便利な木なのに、大量生産できなかったのかぁ。

さっき話に出た震災だが、実は、キリの有名な産地は東北だ。
最も有名なのは岩手県の旧南部藩領地で、「南部桐」と呼ばれる良材がとれる。岩手県の県花はキリだそうだよ。これと並んで名高いのが、福島県会津の「会津桐」。

会津には行ったことがあるよ。二重螺旋のさざえ堂にも上がった。じゃあ、キリにも震災の影響が出ているかも?

そうだな、被害が少ないといいんだが・・・。
最後にひとつ、身近なところのキリの話をしよう。パスポートを開いてごらん。日本国政府の紋章がある。


あ、これって、確か・・・。

「五七の桐」の紋だ。キリは鳳凰の住む神聖な木、という中国の故事に由来して平安時代に嵯峨天皇が作り、後に足利尊氏、豊臣秀吉などに下賜され皇室以外にも広まったとか。
『枕草子』の「木の花は」の段にもキリは有名な鳥が住む木だという記述がある。そしてお箏にもふれ、「いみじうこそめでたけれ」と結んである。


鳳凰か・・・。キリってめでたい木、高貴な木なんだね。ちょっとお箏、弾いてくる。



 

 

 

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