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2011.12
じぃじ先生 ちょっと教えて
 

2011年は国際森林年だったね。

 

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国際森林年、公式ロゴ。
「人々のため」っていうの、やっぱり気になっちゃうんだけど・・・。






皆さん、森を歩きに行きましたか?
「市民と森林をつなぐ国際森林年の集いin 琵琶湖・淀川流域」
7月、滋賀県山門水源林にて










枝を伐り木を伐り森を整備する。
伐った丸太を運び出す。
丸太を加工し材にする――。
森林にまつわる作業って、どれだけあるんだろう・・・?





森林国の日本。皆が、まず興味をもつことが大切なんだね。
「森を語る〜以森伝心〜 市民と森林をつなぐ国際森林年の集いin 琵琶湖・淀川流域」
8月、京都府立植物園にて





森林雑学研究室オリジナル、国際森林年ロゴ。
こちらのテーマは「森を歩く」。
2011年を通じ、サイトのトップを飾ってきました。

 

 

 

国連によって定められた年だったんだよね。

テーマを覚えているかな(→2011.2ちょっと教えて)。

“Forests for People(人々のための森林)”だよね。なんだか「人間が森林を使うぞ」って上から目線の印象だったから、“Forests with People”の方がいいのになって思ったんだ。

そうだったね。もちろん理想はそうなんだが・・・。
公式ロゴの真ん中に人間がいるのは「人のために」の意味だそうだ。
このテーマのもと、国連主導の、また世界各国で公私を通じて、様々な行事があった。今はまだ年次中だから、断片的なニュースばかりだが、国際森林年の名を冠した行事は膨大な件数だろうね。

日本の国内テーマは「森を歩く」だったよね(→2011.2ちょっと教えて)。

そう、そしてサブテーマは「未来に向かって日本の森を活かそう」。
メインテーマには、森林国でありながら森林のことにあまり関心のない国民に、もっと森のことを知ってもらおう、そのために森林へいざなうという意図があった。
サブテーマは、今低迷している林業にテコ入れするために、2010年にまとめた「森林林業再生プラン」(→2011.2森林雑学ゼミ)を後押しするものだ。

ちょっと待って。どうして日本の人々は森林に興味がないの?

国土の3分の2が森林という国だからじゃないかな。
街中でこそ緑が無いというが、ちょっと郊外に出ればたちまち目に入るだろう? 木が生えているところは「未開発」の「遊休地」、「無駄なもの」という感覚の人は、まだまだ多いんだよ。

え〜!? 高度経済成長やバブルの時代なら「空き地にしておくのはもったいない。開発しちゃえ」というのはわかるよ。
でも、これだけ環境問題が盛んに、しかも国際的に言われるようになってきても、まだそういう意識なの?

日本人にとって森林は身近にあってあたりまえの、恩恵受けながらも日常は気にしない「空気のような存在」なんだ。
でも「空気のような存在」って、もうひとつ意味ありと思わないかい?

もうひとつの意味? あ、なくなったら困る!

そう。それこそ理解してほしいところなんだけど、現実は表部分だけの認識だ。
そして、都会人は農山村に「田舎であること。あり続けること」を求め、森林管理に必要な林道の建設や、手入れのための間伐などにも「自然破壊だ!」と目くじらを立てる人もいる。これは理解不足・勉強不足もはなはだしいね。

森林が身近すぎてありがたみがわかっていないのかな。実際は、林業のこととか、都会の人は全然知らないのに。

そうなんだよ。それでいて、自分たちはその恩恵で生活しているというわけだ。
林業を担っているのは山村だが、そこが今、過疎化などで弱っている。その力を活性化するのに必要なのは、地元産業の元気。「森林林業再生プラン」もそこを狙っている。

そもそもなぜ日本の林業が低迷してしまったの?

太平洋戦争後、木材不足の時代があって、「もっと木材を」の声があがった。それに応じて、昭和30年代の末、人工林を増やす計画(→2010.8森林雑学ゼミ)と同時に木材貿易が自由化されたんだ。
すると安い輸入材に押されて国産材が売れなくなり、また経済成長のおかげで山村から若者(林業後継者)がいなくなり老齢・過疎化が進んだ・・・というわけだ。

後継者を育てようという動きはないの? 林業に携わる人たちがいなくなったら「森林国」も何もないじゃない。

そのとおり。今も、大学の森林関係の講座での教育だけではなく、現場ですぐ役に立つ教育は、いろいろあるよ。森林インストラクターや樹木医などの公的な資格、森林技術者養成の短大制の教育機関もいくつかの県にある。来春には京都府にも林業大学校が創設されるんだ。
こうしたものは、国際森林年だからという1年だけのイベントではない、長期的な話。

じっくり腰をすえて取り組まなきゃね。
国際森林年に、日本としてはどんなことをしたのかな? 植栽とか、森林手入れとか、森林ツアーとか・・・?

それだけじゃないよ。政府管掌の代表的なものとして国際森林年国内委員会があった。
各界の代表十数名の委員に、外務省、環境省、観光庁も加わって、将来を見据えた森林・林業を巡って「国民に向けたメッセージ」作成のために、問題を摘出し論議を重ねたんだ。

「メッセージ」かぁ・・・。内容、ちょっとサイトで確認してくるね。
「森のチカラで、日本を元気に」が大テーマで、人づくり、森づくり、木づかい、震災復興の4本立てなのか・・・ふうん。
でも、大切なのは何より実践だよね。

今年、全国各地で、公的・私的のシンポジウムや講演会はたくさん開催された。植樹祭(和歌山県)、育樹祭(奈良県)など、毎年恒例のものが「国際森林年」を冠することも多かったしね。
じぃじ先生のところへくる講演や雑誌の原稿などの依頼も、関連の企画は多かった。実際に山を歩くようなイベントも、主催の官民問わず、機会が増えたなぁ。
参加者には、山の手入れを手伝っているとか、植物や林学を勉強中とか、山歩きが好きだとか、日頃から森林に親しんでいる人が多いから、皆、熱心なんだ。じぃじ先生にとっても充実した時間だったよ。

そうなんだ。でも、興味のない人にこそ、しっかり話を聞いてもらわないといけないんじゃないの?

おっと、手厳しいなぁ。相変わらず。
確かにそうだけど、現実として、興味の無い人に説いていくのはなかなか大変だ。
しかし、普段は森のことなど扱わない雑誌が、森林特集を組んだり、旅行会社が山歩きのツアーを企画したり、それなりの努力はあったと思うよ。
種は播かれた。じわじわと広がっていくのを期待したいね。 

2011年の国際森林年、成功なのかな?

それは、もう少し時間が経ってみないと何とも言えない。国際的な成果がまだまとまって出ていないからね。
こうした国際的なイベントは、えてしてお祭り騒ぎに終わりがち。年を越したら見向きもされない、では悲しい。何とか実ってほしいものだが。

森林国の日本。森林の働きや恩恵を見直すべき年だったんだよね、今年って。その年に大きな震災があって、森林そのものが危機にさらされる事態になってしまったなんて・・・。

3月11日以降、関連行事がいくつも中止になったのは、残念だが致し方ないこと。
その一方で、震災で失われた海岸林の報道などを通して、日本がいかに森林資源に恵まれた国かを認識した人も少なくないんじゃないかな。
ということは、今後ますます重要になるであろう環境問題、とくに水・土・大気などに関する諸問題を、森林という完熟した自然をベースにして考えられるということ。これは、他の先進国にはない大きな特徴なんだよ。
大きな災害に見舞われた国際森林年が、日本にとって森林再認識の年になればとじぃじ先生は願っているんだ。

森林国として、そのありがたさを、日本人はもっとちゃんと認識しなきゃいけないね。
エネルギーのこと、環境問題のこと。日本だからこそのやり方で取り組んでいけるといいなぁ。

 

 

 

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