伊勢神宮や出雲大社は全国的に大きな話題だったし、京都でも上賀茂神社や下鴨神社のことを聞くけど、奈良の春日大社もなんだ。
そう、今年から来年にかけて行われるんだ。はじまりは奈良時代も終期の770年で原則20年ごとの行事。本年が第60回だそうだよ。
それを記念するシンポジウムが先日あって(→2015.7.1ひとりごと)、その際に改修前の本殿を見学させていただいた。
ええ!? ご本殿に入れていただいたの? すごいじゃない、それ!
いやいや、さすがに本殿の中じゃないよ。本殿のある神域。
3月に神々が仮の神殿に移動された後、改修前の6月末までの短期間、20年に一度の特別公開。しかも、本殿の裏に祀られている「磐座(いわくら)」初公開と聞いたら、なおのこと。神様のお留守中とはいえ、感無量だったよ。
そうだろうなぁ・・・。春日大社の御遷宮って、お伊勢さんの方法(→2013.4ちょっと教えて)とは、違うんだったよね。
そう。それ、大事なポイントだよ。春日大社の御遷宮は「造替(ぞうたい)」と呼ばれ、お伊勢さんのような神殿の新築ではなく、改修工事なんだ。
まず仮の移殿(うつしどの)を造り御神体をうつす(外遷宮:2015.3.27)
→1年余りをかけて本殿を修復し、そこへ御神体を戻す(正遷宮:2016.11.6)、というやり方だ(→2015.7.1ひとりごと)。
家をリフォームする間に仮住まいするっていうことか。
それはわかりやすい表現だね。まさしく、そのとおりだ。
春日大社も古くは、神殿を毎回新築していたそうだよ。修復のみになったのは、明治以降のことらしい。
原則20年ごとというスパンは、やっぱり古来の技術伝承の意味もあってのことなのかな(→2013.4ちょっと教えて)。
そうだね。春日大社のパンフレットに挙げられる造替の意義のなかに「技術伝承のための人づくりの叡智」とある。
それと、春日大社の社殿は朱色、その丹塗り(鉛丹/えんたん)が褪せないようにするためのようだ。新しい「丹」で穢れを払い、常に若々しく清らかに保っておくことが目的で。
社殿の色は印象的だもんね。移殿も鉛丹の塗装なの?
そうだよ。ちなみに移殿はマツ材で造られる。もちろん本殿は総ヒノキ造りだけれど。
え、マツなの? 権威のある神社はヒノキ造りがあたりまえだと・・・。
思うよね、うん。でも、どうやら初回以来の伝統らしいよ。移殿の材は第1回からアカマツと記録にあるそうだ。
どうして? もしかして仮住まいだからお安く・・・とか。
あははは。でも、あながち間違っていないかもしれないなぁ。はっきりとした理由はわからないようだけれど。
ただ、その他何事についても「仮殿だから本殿とは少しずつ違える」というのが基本的な考えだったというから、今なお、初回から使っているマツ材で、ということらしい。
第1回が770年なんだよね。 その頃の奈良の森林事情ってどうだったのかな。
お、これはいい視点だね。実はその頃、すでに大和の国の周辺の森林はマツ林化が進んでいた時期なんだ。
飛鳥から奈良時代、奈良盆地周辺の山々は伐り荒らされて地力が落ち、やせ地にも耐えるマツが目立つ状態だった。
ヒノキは、大径材が伐りつくされて調達は大変。藤原京の建設時には近江(滋賀県)の田上山から運んで来ざるを得なかったという。
本殿用の材ですら集めるのが大変そう。必然的にヒノキは節約せざるを得なくて、マツでまかなったってことなのかな。
そうだね。ただし、春日神社の本殿は春日造りという、やや小型の神殿が4棟並ぶ様式なんだ。だから多少細い材であっても構わない。良質のヒノキ材はなんとか手に入ったのではないかな。 今は吉野産のヒノキを使っているそうだよ。
マツって、昔はともかく、今、ちゃんと供給されているの? 松くい虫(→2010.2森林雑学ゼミ)のことがあるでしょう?
そう、それなんだなぁ。少なくとも昭和前半くらいまでは、さほど苦労なく集められたと思うが、最近はやはり不足。なかなか難しいようだ。
原則として国有林から調達するものの、不足分は民間から仕入れることもあるとかで、今回のシンポジウムでも大きな話題になった。
ほか、修理に必要な檜皮(ひわだ)の調達も大変みたいだよ。檜皮葺の屋根は、社寺のみならず、大切な建物に使われた日本独特の技法で、耐用年数は30〜40年といわれている。
檜皮って、ヒノキの樹皮でしょ。じゃあ、ヒノキがなければ手に入らないってことだよね。
そう。それも春日大社ともなれば、樹皮であればなんでもいいってものじゃなく、黒皮という良質のものが求められる。
ただしそれは、初めて樹皮を剥いだ(荒皮)後、新しい皮ができ、成長してやっと採れるようになるんだが、その間8年かかるんだと。
8年も!?
平成25年から、春日山周辺のヒノキ人工林で計画的に黒皮の採取体制を整備しているが、文化財修理資材として、県内の黒皮はまだまだ不足。県内他地域の公有林等と連携の必要があるようだ。
あそこは「原始林」であって、しかも天然記念物指定の森だから建材の生産場所ではない。現在は一般材を購入してまかなうしかないんだ。
う〜ん・・・国宝の社殿なのに、どうにかならないのかなぁ。
その対策のひとつが、国有林に設けられている「古事(こじ)の森」という制度だ。
あ、今回じぃじ先生が講演したシンポジウムの案内に「春日奥山古事の森」ってあったね、そういえば(→2015.7.1ひとりごと)。
そう。平成14年に発足した「木の文化を支える森」制度(林野庁)のなかで用途を歴史的な建物に限ったもの。文化財に指定されている神社仏閣など、日本の「木の文化」の象徴である木造建築物を後世に伝えるため、修復など必要な木材を育成する森林づくりが目的の制度だ。
現在、平泉・筑波山・裏木曽・高野山・京都・首里城など全国に10カ所、200〜400年というタイムスパンで制定されている。
じゃあ、春日大社には「春日奥山古事の森」から・・・。
それがね、奈良にもあるにはあるが、春日大社専用ではないのでね。
そっか。奈良には他にもたくさんあるものね、歴史的な文化財が。
そう、今回のシンポジウムはその制度の一環であり、春日大社の式年造替のタイミングに合わせて開催されたというわけ。一般の人に知ってもらって、認識を高めてもらうためにね。
それ、大切だよね。伝統的な行事を続けていくには、それも世の中のあらゆる環境が大きく変わっていくなかで守っていくには、精神とか目的、それに職人さんたちの技術だけではどうしようもない問題や課題がいっぱいありそうだもの。
「古事の森」も、まだ新しい制度だ。現在はまだ整備中。でも、徐々に活用度は高まるだろうね。
木を育てるなんていうのは、途方もなく時間と手間がかかること。本気でやらなきゃ、伝統がすたれちゃう。皆が興味を持たなきゃ。 私も今度、とりあえず、春日神社へ行ってみるよ。
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